顕微鏡と技術

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学校の授業でも使われる光学顕微鏡ですが、現在、学習用の安価なものから、数千万円のものまで存在します。標本を薄切して観察する顕微鏡、立体のまま拡大する顕微鏡、明視野で視る顕微鏡、蛍光を検出する顕微鏡など、多様です。では、光学顕微鏡の発明と発展は生物学だけで成されたか、というと、そうではありません。材料科学、光学などの応用が詰まっています。このコラムでは、異分野の技術で発展したバイオテクノロジーの例として、光学顕微鏡の歴史を話題にします。

まず、レンズです。水晶でできた凸レンズが、紀元前7~8世紀頃の北イラクの遺跡からみつかっています。当初は、太陽の光から火をおこすのに使われていたといわれています。装飾品だったという説もあります。凸レンズでの拡大視に、いつ誰が気付いたかは不明ですが、ルーペとして使っていたという説もあります。

顕微鏡の設計には、光の屈折を理解することが必要です。屈折の法則は、紀元前2世紀にプトレマイオスが記述しています。屈折の関係式を導いたのは15世紀のスネルです。しかし、それより先に、屈折の法則がわからなくても、レンズで拡大して物を視ることができる、という事実から、ルーペが作られます。ルーペはヨーロッパで、教会で聖書などを読むときに使われ始め、その後、眼鏡が作られるようになります。眼鏡はヨーロッパ中の教会関係者に普及します。すると、眼鏡にはレンズが必要ですから、レンズ加工ができる職人がヨーロッパ中にいる状態になります。これが顕微鏡が開発される下地になります。すなわち、ヨーロッパ中にレンズ職人が出現することで、各地で、様々な研究者や職人が顕微鏡の研究開発に取り組めるインフラが整ったからです、顕微鏡が発明されるより先に。当時は実験器具は手作りでしたから。

単式顕微鏡とは、レンズ1枚で拡大して視るものです。オランダのレーウェンフックは、単式顕微鏡で270倍の拡大を成し遂げています。レーウェンフック自身のレンズ加工技術の高さだけでなく、観察のコツもあったようで、270倍の単式顕微鏡は彼以外は使いこなせなかったようですが。簡易な単式顕微鏡は、黒い紙もしくはペットボトルとビーズで作れます。お時間があればインターネット検索をしてみて下さい(筆者も作ってみましたが、ルーペよりはよく視える、程度です)。

16世紀に、複式顕微鏡がヤンセン親子によって開発されます。2枚のレンズを使って拡大するもので、現在の顕微鏡の基本形です。対物レンズによる一次像が接眼レンズの焦点距離よりも接眼レンズ側に結ばれることで、拡大された虚像が網膜に投射されます。複式顕微鏡は普及し、ヨーロッパ中から、様々な観察結果が報告されます。ロバート・フックの「ミクログラフィア」が有名です。その後、複式顕微鏡の改良が盛んになりますが、上述のレーウェンフックの単式顕微鏡の拡大率に追いつくまで、約200年掛かっています(レーウェンフックの技術は飛び抜けていたようです)。

ニュートンは光の分光を発見します。白色の光がプリズム内で屈折して色が分かれる現象です。波長によって屈折率が異なることが原因です。ニュートンの分光の論文はフックらに激しく反論されたそうですが、今日では広く認められています。波長(色)によって屈折率が異なるため、凸レンズで拡大したときに、波長によってずれが生じる色収差が起こります。これにより、不鮮明な観察像なります。色収差の解決のために、凹レンズとの組み合せや素材の工夫が行われました。現在では、ほとんど色収差が無いレンズが普及しています。

倍率(拡大率)があがってくると、分解能が重要になってきます。2つのものを2つと識別できる距離の限界です。観察試料と対物レンズの間が空気だと、資料からの光が空気に入ったときに大きく屈折します。この屈折を小さくすれば分解能があがります。そのために、試料と対物レンズの間を、試料および試料を覆っているガラスや封入剤の屈折率に近いもので満たします。これは、19世紀のイタリアのアミチの発案と記録されています。

職人頼りだった顕微鏡作りは、メーカーでの制作に移っていきます。様々な分野の専門家が集まって顕微鏡の性能の向上に取り組むと同時に供給体制が実現します。物理学者、数学者、材料化学者などが参加したようです。こうして顕微鏡の高性能化と普及が進み、さらにカメラでの撮影が可能になります。顕微鏡による病変部や病原体の観察は医学にも大きな影響を及ぼします。汎用型の顕微鏡だけでなく研究用の顕微鏡が求められるようになり、さらに性能が向上していきます。高性能の顕微鏡を最大限に活かそうとすると、試料の調整と最適化が必要になってきます。そのため、顕微鏡本体だけでなく、試料作製の試薬や材料の改良が発展に寄与します。

明視野での観察は、汎用型の顕微鏡などでご経験の方も多いでしょう。光を当ててそのまま拡大して視るものです。今では、微分干渉観察や位相差観察で、試料に色がついていなくても容易に輪郭を識別できます。一方で、蛍光観察が発展してきます。蛍光観察とは、蛍光色素などに特定の波長を当てて励起させ、励起状態から戻るときに放たれる蛍光(励起波長とは異なる波長)を観察する技術です。蛍光色素で目的の物質を標識することで、その物質が試料中にどのように存在するのかを観察するものです。そして、研究用の光学顕微鏡では、この蛍光観察が主流になっていきます。蛍光顕微鏡にはレーザー光が使われるようになり、共焦点レーザー顕微鏡、多光子顕微鏡、ライトシート顕微鏡などが現れます。光源にはレーザー発振器が使われますが、LEDも使われるようになりました。

高倍率、高解像度が実現されると、回折限界が問題になります。光の回折が原因で分解能を約200 nmより小さくできない問題です。そこで様々な工夫がなされます。それらは超解像顕微鏡と呼ばれ、2014年のノーベル賞の対象にもなっています。

今も発展は続いており、最近では、ほとんどノイズが検出されない検出器が開発されました。鮮明な観察像が得られ、以前の検出器とは比べものになりません。この分野は、異分野技術により、こういった飛躍的な発展が起こります。今後どうなっていくか、非常に楽しみです。

最後に話題が逸れますが、今回書いていて、”技術”について考えさせられました。レーウェンフックの技術は属人的です。フックも、ミクログラフィアで技術と観察力が賞賛されています。しかし、現在の顕微鏡観察は、まず、顕微鏡はほとんどが市販です。試料作製などで専門技術はありますが、その人限定ではありません。顕微鏡観察のゴールが想定されていて、それに達するための専門技術であり、伝達可能です(困難なときもありますが、不可能ではない)。同じ”技術”という単語が使われますが、現在の”技術”の方が、広く社会に貢献できそうでいいですね。

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